大阪地方裁判所 平成10年(ワ)1165号 判決 1999年4月26日
原告
山田宏
外三名
右四名訴訟代理人弁護士
山本忠雄
同
池田崇志
右山本訴訟復代理人弁護士
安部朋美
被告
三木正士
同
三木直美
右両名訴訟代理人弁護士
西博生
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 主位的請求
被告らは、別紙物件目録記載二1の土地(以下「被告土地」という。)上に建築された同目録記載二2記載の建物(以下「被告建物」という。)のうち、二階(ただし、地盤面から最高6.365メートルの高さ)を超える部分を収去せよ。
二 予備的請求
1 被告らは、連帯して、原告山田宏(以下「原告宏」という。)に対し、四四七万二五八〇円、原告山田秀(以下「原告秀」という。)に対し、一三四一万七七四〇円、原告山田明子(以下「原告明子」という。)に対し、四四七万二五八〇円及びこれらに対する平成一〇年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告宏に対し、連帯して、平成一〇年五月一日から原告宏が満六〇歳に達するまで毎月末日限り一か月一万円を、満六〇歳に達した翌月から原告宏が死亡するまで毎月末日限り一か月一万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告秀に対し、連帯して平成一〇年五月一日から原告秀が死亡するまで、毎月末日限り一か月一万五〇〇〇円を支払え。
4 被告らは、原告明子に対し、連帯して平成一〇年五月一日から原告明子が死亡するまで、毎月末日限り一か月一万五〇〇〇円を支払え。
5 被告らは、原告惠子に対し、連帯して平成一〇年五月一日から原告惠子が死亡するまで、毎月末日限り一か月一万五〇〇〇円を支払え。
6 被告らは、原告らに対し、連帯して五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、別紙物件目録記載一1の土地(以下「原告土地」という。)上の同目録記載一2の建物(以下「原告建物」という。)に居住している原告らが、被告らが原告土地と道路を挟んで隣接する被告土地上に被告建物を建築したことにより、原告土地ないし原告建物からの眺望を害されたとして、主位的に、眺望権(所有権又は人格権)に基づいて被告建物の一部撤去を、予備的に、不法行為に基づいて損害賠償をそれぞれ請求する事件である。
二 前提となる事実関係(争いのない事実並びに各末尾記載証拠及び弁論の全趣旨によって認められる事実)
1 原告ら
(一) 原告宏とその両親である原告秀及び原告明子は、原告土地を共有し(原告宏及び原告明子持分各五分の一、原告秀持分五分の三)、原告宏と原告秀は、原告建物(高さ約7.4メートル)を共有している(持分各二分の一)(甲一(枝番を含む。)、甲一四)。
(二) 原告惠子は、原告宏の妻であって、原告らは、いずれも、昭和四九年二月ころから、原告建物に居住している(甲一(枝番を含む。)、甲五ないし七)。
2 被告ら
夫婦である被告らは、被告土地及び被告建物を共有しており(持分各二分の一)、被告三木正士は、大阪府箕面市内で「三木整形外科内科」を営んでいる(甲二、乙七)。
3 被告建物の建築
(一) 旧建物
被告土地上には、中川明(以下「中川」という。)が昭和四四年三月ころ建築した軽量鉄骨造スレート葺二階建の建物(以下「旧建物」という。)が存在した(甲二(枝番を含む。)、五、九)。
(二) 建築経過
被告らは、平成六年二月二一日、被告土地及び旧建物を買い受け、旧建物を解体した上、被告建物の建築を計画した。その後、被告建物の建築工事に着工し、同一〇年五月一日ころまでに、ほぼ完成させた(甲二(枝番を含む。)、五ないし一〇、一一(枝番を含む。)、三三ないし三六)。
4 位置関係
(一) 原告土地は、被告土地の西側に幅約四メートルの道路を挟んで隣接しており、原告建物(及びその敷地である原告土地)と被告建物(及びその敷地である被告土地)の位置関係は、別紙「位置図」(甲一三)記載のとおりである(甲四、五、一一の14、一三、一六、検証)。
(二) 原告建物(及びその敷地である原告土地)と被告建物(及びその敷地である被告土地)の高低差の関係は、別紙「山田秀邸建物位置断面図」(甲一四)記載のとおりであり(ただし、被告建物の地盤面の高さは、右別紙で表示されている地盤面よりも約三五センチメートル低い位置にある。)、原告建物の地盤面は、被告建物の地盤面よりも、約4.3メートルの高い位置にある(甲一四、乙九(枝番を含む。))。
三 当事者の主張
1 原告らの主張
(一) 眺望権は、人格権に基づき、眺望を侵害されないという法的に保護される権利であり、また、眺望の利益も、保護の対象とされている。
(1) 原告建物からの眺望は、特に優れている。
原告らは、原告建物の南東の方向に位置する一階リビング及び二階リビング・ダイニングルームから、東(被告土地の方向)から南東に向かって、その眼下に、遠く高槻、千里丘陵、万博公園、豊中、生駒、大阪湾、さらには夜間には大阪空港の発着飛行機の明かりなどを一望できるなど、一年を通じ、昼夜にわたってすばらしい眺望を享受しており、このような、原告土地ないし原告建物からの眺望は、一般の通念からみて、美的満足感を得ることができる眺望価値のある景観ということができる。
(2) 原告らは、日常生活の上で、交通等の不便さという短所よりも、むしろ、眺望により高い価値を認め、約三〇年前、原告土地に原告建物を建築し、以来その眺望を愛し、眺望を享受して現在に至っている。
原告建物は、居住用建物であり、そのような眺望が、長年にわたる生活の必要不可欠の一部となっている。
(3) 原告土地及び被告土地付近一帯の土地(以下「本件地域」という。)は、大阪府池田市五月山の山すそに位置する「五月荘園」の名称が付された丘陵分譲地であり、眺望の素晴らしい閑静で緑に富んだ良好な住宅地域を形成している。
本件地域は、風致地区、住居地域に指定されており、また、高さが一〇メートルを超える建築物の新築及び増築については、周辺住民に対する説明と理解が必要とされており、現に、一戸建て、二階建て以下の建物が多い低層の住宅地となっている(なお、本件地域に存在する三階建以上の建物も、近隣の眺望を阻害するような建物ではない。)。
付近の住民も、本件地域の交通の便はよくないのにもかかわらず、特に眺望が気にいって住居を構えたのであり、本件地域の価値は眺望に大きく依存しているといえる。
原告建物及び被告建物の存する五月荘園においては、不文ではあるが、各家庭からの美しい景色、風趣ある景観を共有するため、三階建て以上の建物は建築しないという建築協定が存在し、それに従って建物の建築計画の変更等が行われたことも何度かある。近隣の者たちも、被告建物からの眺望を妨害するような建物の建築や増改築を予定しておらず、また、新たに建築を行う場合には、自治会則及び不文の建築協定に従うとともに、事前に近隣に説明して了解を得て、隣家の眺望に配慮する意向を表明している。
原告土地の周辺の土地の利用状況を考慮すると、原告土地ないし原告建物からの眺望を保持せしめることが、原告土地の利用にふさわしく、周辺土地の利用と調和する。
(二) 被告らによる被告建物の建築により、原告建物の東側には、被告建物の壁しか見えなくなり、原告らが長年にわたって享受してきたすばらしい眺望は、継続して大幅に阻害された。日常生活におけるその被害の大きさは、はかりしれず、かつ、切実である。
原告建物は、東側に向かった眺望を望むような構造になっている。被告建物の北側からわずかな眺望が得られるが、原告土地の東面の北側は、出入口、廊下、階段が配置されており、右の眺望は、出入口や通路、庭の植え込み、建物内では階段からのものに限られ、原告らが元来享受してきた庭やリビングルーム、ダイニングルームからの眺望が失われた。また、残された北東の眺望は、近くの箕面の山の樹木が見えるだけであり、被告建物建築以前のように北摂山系、箕面市街、豊中市街、千里丘陵、生駒山系等を眼下に見渡せた眺望とは比較にならない。
なお、原告建物の南方向には、原告建物が建築される以前から隣人の建物が存在していたため、眺望はなかった。しかし、原告らは、そのために東方向に眺望を得られる構造の建物を建てたのであって、実際にも東方向に十分な眺望が確保されていたので満足していた。
(三) 被告らは、被告建物を建築するに当たり、原告らが長年にわたって享受していた眺望に対し、原告らの度重なる懇請にもかかわらず、その軽減を行うために何らの努力も配慮も一切行わず、被告建物をその計画どおり、完成した。
(四) 原告らが、原告建物からの眺望を確保するために家を建て替えなければならないとすると、相当な資金を必要とする上、それは新たに近隣住民の眺望を奪うことにもなってしまい、このような事態は、本件地域の地域的特性及び住民の意志に反する。
他方、被告建物は、被告ら家族三人が居住するにすぎないのに、四台の自動車を駐車できる駐車場を有する総床面積で約五四〇平方メートル(居住専用空間だけでも408.76平方メートル)、エレベータ付きという巨大な建物である。
将来、被告らが両親を呼び寄せる可能性を考慮したとしても、一般の感覚からすれば非常にぜい沢で、巨大な建物であり、隣人に人格権侵害に対する受忍を強要することができるようなものではない。なお、駐車場として三台分のスペースを建物の外部に移動させた上、現在の被告建物の二、三階と同様の二階建ての建物を建築すれば、建築費が低額ですみ、三台分の駐車場の確保をすることが可能である。
しかるに、原告らは、被告らに対し、仮処分事件において被告らが二階建てへの設計変更に応ずれば原告らから九〇〇万円を支払うという条件まで提示したにもかかわらず、被告らはこれを拒否し、三階建ての被告建物の建築を強行した。
(五) 被告建物は、建築基準法の規則に適合した建物ではある。しかし、建築基準法等の行政的な規制に適合していることは、直ちに私法上も適法であり、近隣住民の被害が受忍限度の範囲内であることにはならない。
(六) 以上のとおり、被告らによる被告建物の建築により、原告らの眺望の利益が害されており、これは、受忍限度を超える。原告土地ないし原告建物からの眺望が害されることによって、原告土地の地価が三〇パーセント(二二三六万七八〇〇円)は下落するとともに、原告建物に居住する原告らは精神的苦痛を受けている。
2 被告らの主張
(一) 眺望が場合によっては法的保護の対象となることは認めるが、原告らの主張するように、一般的権利として法的に保護されるものであることは争う。眺望が利益として保護されるのは、かなり限定的な場合に限られ、原告土地ないし原告建物からの眺望は、法的保護に値するようなものではない。
すなわち、原告らが本件において主張する眺望利益は、眺望によって受ける快適さや安らぎといった主観的な意味における価値にすぎず、いまだ価値ある景観と評価できるだけの客観性を有していない。
また、原告らの強調する眺望も、昭和四九年二月の居住開始から現在まで、南方向については隣家によって完全に失われており、南西方向、南東方向についても相当程度失われており、しかも、原告らはこの状態を長期間にわたって容認してきた。
(二) 本件地域は、確かに良好な眺望を享受できる環境を有してはいるものの、第一種中高層住居専用地域、第二種高度地区に指定されており、中高層住宅の建築が予定された地域であり、法律によって反射的にせよ眺望が保護されている地域でない。このような意味において、居住者が従来享受していた眺望利益が将来にわたっても保護される保障はない。
また、本件地域では、三階建て以上の建物が存在ないし建築中であり、被告建物もこの地域にあって決して突出した高さの建物ということもできない。
(三)(1) 被告建物の建築により、原告らの眺望が、従前よりも一定限度阻害されるようになったことは認めるが、これは受忍限度の範囲内である。
(2) 被告建物のうち、北側部分は、原告建物と重なっておらず、この範囲では、被告建物は原告建物からの眺望を阻害することはない。また、原告土地及び原告建物の北側付近からは、東方向及び東北方面への眺望は残されており、また、庭の建物の中央付近においても、南東方向への眺望が残されている。原告建物の二階からも被告建物の左右(原告建物から見ると北東、南東方向)に眺望が一部残されている。
原告建物の庭や一階、二階の南側窓からの南方向の眺望並びに原告建物からの南西及び西方向の眺望は隣家によって遮られており、原告土地ないし原告建物からの眺望はもともと完全なものではなく、たまたま東方向に唯一眺望が開けている場所的位置関係、構造にあったことから享受し得た偶然的なものにすぎない。
(四) 被告らは、当初は、話合いで穏便に解決する予定であったが、原告らが調停を申し立て、また建築工事禁止の仮処分を申請したことから、法的処理にゆだねるのが妥当であると判断して、原告らとの交渉を打ち切った。
被告らは、右調停事件の及び仮処分申請事件の審理が進行中であったことに配慮し、平成九年八月末ころには着工が可能であったにもかかわらず、右事件の決定が出るまで着工を延期し、平成一〇年一月一九日にようやく着工し、そのため、被告建物の着工が当初予定より大幅に遅れるという不利益を甘受している。
(五)(1) 原告らは、原告建物を三階建ての建物に建て替えれば、、従前どおりの眺望を享受することが可能である。建替えは、相当多額の経済的な負担を伴う行為ではある。しかし、原告建物は、昭和四九年に建築された建物であって、いずれ建替えの可能性があり、このような負担は、本件建物の二階を超える部分を撤去し、被告土地への建物の建築が制限されることによる被告らの負担と比べると、原告らの右のような経済的負担は自己の主張する眺望利益を確保するためのやむを得ない負担であるというべきである。
(2) 被告らは、自分たち家族の居住目的で被告建物を建築したものである。そして、被告正士の両親と同居するために二世帯住宅とし、将来、高い建物が被告らの建物付近に建つ現実的な可能性が否定できないことから、一定限度で眺望を確保するために、三階建てしたものであり、原告らの主張するように二階建てとした場合には、被告らの必要とする建物は建築することができない。
(六) 被告建物は、建築基準法などの関係法規に適合した建物である。本件のような眺望阻害が問題となる場合には、当該建物が建築基準法等の規制に適合したものであるかどうかは、受忍限度の範囲にあるかを判断するに当たっての重要な要素である。
(七) 損害についての原告らの主張は争う。
第三 当裁判所の判断
一 前記前提となる事実のほか、各末尾記載の証拠等によれば、次の事実を認めることができる。
1 本件地域は、大阪府池田市の五月山の山すそに位置し、昭和三二年ころ以降に伏尾観光株式会社などの不動産業者が、山すその斜面を宅地造成して分譲した地域である。原告土地は、阪急石橋駅又は阪急池田駅から約六キロメートル(阪急バスで東畑バス停まで所要時間約一五分、同バス停から徒歩約五分)の場所にある。
本件地域には、二階建てなど低層の住宅が多いが、三階建ての住宅等も数件存在し、また、被告土地の南西では五階建てのマンションの建築工事が行われている(甲五、三〇(枝番を含む。)、三七、乙三、四、一七)。
2 本件地域は、第一種中高層住居専用地域、風致地区(建ぺい率四〇パーセント)指定され、池田市環境保全条例により本件地域に高さが一〇メートルを超える建築物の新築及び増築をするには周辺住民に対する説明と理解を得ることが必要とされている(甲五、八)。
また、本件地域での建物の建築に当たり、隣家の眺望を配慮した建築がされたこともあった(甲五、二三、二四)。
3 本件地域は、南側に開けて傾斜地になっており、東から南西方向に向かって高槻、生駒、千里丘陵、大阪湾から宝塚を望める場所位置にあり、夜間には大阪空港の発着飛行機の明かりが一望できるなど、眺望の良好な、閑静で、緑に富んだ良好な居住環境を形成している(争いなし、甲三)。
また、本件地域には、眺望を売り物にしたマンションも建築中である(甲三〇(枝番を含む。)、三七、乙三、四)。
4 原告らは、従前は大阪府池田市旭丘に居住していたが、昭和四九年二月ころ、本件地域及び原告土地からの眺望にひかれ、当時はガス、水道も完備しておらず、交通も不便ではあったものの、原告土地上に原告建物を建て、以後、現在まで、本件建物に居住している(甲五ないし七)。
5 原告らは、被告建物が建築されるまで、原告建物内及びその前庭から、東から東南方向にかけて、高槻、生駒、千里丘陵等などの眺望を享受しており、これは、旧建物が存在することによっては妨げられていなかった(甲五、九、弁論の全趣旨)。
もっとも、原告建物の南側には、原告建物が建築される以前から阿部敬作と阿部弘子の共有の二階建ての住宅が存在する。そのため、原告建物には南側にも窓があるものの、右住宅に遮られ、原告建物の一、二階のいずれにおいても、真南方向の眺望はない(甲七、乙五、六、検証)。
6 被告らは、被告三木正士の通勤に便利であり、また、眺望が良いことにひかれて被告土地を購入した、被告らは、平成九年一月一七日、被告建物の建築確認通知を受けた。被告らが、被告建物を三階建てとする計画を立てたのは、被告土地の南西側において五階建てのマンションが建築中であったことなどから、将来、被告土地の近くに高い建物が建築されても、被告建物から一定の眺望が確保できることを考えたためである。
7 原告ら及び付近の住民の一部は、三階建ての建物の建築に反対し、大阪池田簡易裁判所に対して建築設計変更の調停申立てを行い、右調停が不調となったため、さらに、大阪地方裁判所に対し、被告建物の二階部分(ただし、地盤面から最高6.7メートルの高さ)を超える部分の建築工事の禁止を求めて、大阪地方裁判所に対し、建築工事禁止の仮処分を申請し(同裁判所平成九年(ヨ)第二三四九号建築工事禁止仮処分事件)た。しかし、同裁判所は、同年一二月一五日、右申請を却下する旨の決定をした(甲一九、二二)。
なお、原告らは、右仮処分事件の審理の過程において、被告らに対し、建物の具体的な建築変更案を示すとともに、九〇〇万円の和解金の支払を提示して、被告らに二階建て建物へ設計変更を求めたが、被告らはこれを拒否した。
8 被告らは、五月荘園自治会の総会において近隣において建築協定を締結する方向で決議する可能性がある旨聞いたこと、その後は、右仮処分申請事件が審理中であることから、被告建物の建築工事の着工を延期していたが、右仮処分申請却下後の、平成一〇年一月ころ、被告建物の建築工事に着工した(甲一二(枝番を含む。)、甲二一)。
9 被告建物は、建築基準法等の建築関連法規に違反するものではない。
10 被告建物が建築後の原告建物ないしその前庭からの眺望は、次のとおりとなった。
原告建物から東方向の眺望は、原告建物ないしその前庭の正面には被告建物が存在し、ほぼ被告建物に遮られることになった。もっとも、被告建物と原告建物の間には、一九メートル余の間があり、しかも原告建物の前面全体に被告建物が存在するのではない上、被告建物の地盤面が原告建物の地盤面よりも約4.3メートル低いこともあって、原告一階及び二階の各リビングからは東方向に向かって左側(被告建物の北側)に、二階リビング及び階段室からは同じく右側(被告建物の南側)に(ただしわずかである。)、前庭からは左右両側(被告建物の北側及び南側)にそれぞれ眺望が残るほか、二階のリビングの東側の窓際に立てば、被告建物の屋根越しに遠方の山などがわずかに見えることがある(甲五ないし七、一三、一四、一七(枝番を含む。)、二〇、三三ないし三六、検証)。
二1 眺望の利益は、土地や建物の所有ないし占有と密接に結びついた生活利益ではあるが、右土地や建物の所有者ないし占有者がその土地や建物自体について有する排他的、独占的な支配と同じように享受し得るものではなく、基本的に、その土地や建物と眺望の対象との間に遮るものが存在しないという、周囲の客観的状況や、原則として他人が排他的、独占的に利用し得る空間の利用態様によって享受し得る利益にすぎない。したがって、周囲の客観的状況や空間の利用態様の変化等によって変容ないし制約を受けざるを得ないものであって、そのすべてが法的保護の対象となるものではなく、その眺望が社会観念上からも独自の利益として承認されるべき重要性を認められる場合にはじめて法的保護の対象となるというべきである。また、それが侵害された場合であっても、眺望の利益の右のような性質、眺望はそれが得られることによって快適な生活に資するものの、生活に不可欠とはいえないものであることを考えると、眺望の侵害が被侵害者に対する関係で違法なものとなるのは、被害土地及び建物の立地環境、位置、構造、眺望状況、使用目的、加害建物の立地環境、位置、構造、眺望妨害の状況、使用目的、眺望妨害についての害意の有無などを含む諸般の事情を勘案して受忍限度を超えると認められる場合に限られるというべきである。
2 これを本件について見るのに、
(一) 被告建物が建築される以前、原告土地ないし原告建物から東方向の眺望は良好であり、一定の価値の眺望ということができる。そして、原告土地を含め本件地域は、眺望に恵まれた地域であって、原告らも、眺望を主体とする環境にひかれて原告土地を購入し、原告建物を建築し、二十数年にわたって居住してきたのであり、被告らも、被告土地からの眺望にひかれ、かつ将来にわたって眺望を確保することも目的として三階建ての被告建物を建築したのであり、本件地域の住民も建物を建築する際などには他の住民の眺望に一定の配慮もしている。
確かに、原告らが原告土地ないし原告建物から東方向の眺望を享受することができたのは、原告土地が斜面もある土地であって、原告土地よりも低地となっている被告土地には、たまたま原告建物と同程度の高さの建物しか存在しなかったためではある(現に、本件地域は、本来南側に開けた土地ではあるが、被告土地の南側には他の建物が存在したため、原告土地ないし原告建物から南方向には眺望はまったく得られていない。)。しかしながら、原告らは、原告土地ないし原告建物からの眺望を二十数年にわたって享受しており、また、本件地域における前記のような事情に照らすと、眺望を享受することは、本件地域における土地及び住居の利用としてふさわしいものということもでき、原告土地ないし原告建物からの眺望の利益が法的保護に値するものであると認められる余地もないとはいえない。
(二) 仮に、原告らが法的保護に値する眺望利益を有していたとしても、本件地域は第一種中高層住居専用地域であり、マンション等の中高層建物の建築が許容されている地域であり、現に被告土地の南西側では五階建てのマンションの建築工事が行われ、五月荘園自治会も、当初計画よりも階層を少なくすることによって右マンションの建築を許容し(甲四一)、他にも三階建て以上の建築物は存在している。被告建物は、建築基準法等の関係法規に適合する建物である上、原告建物の地盤面から約4.3メートル低い地盤面(本来の地盤面から約三五センチメートル掘り下げた位置)を地盤面として建築されたものであり、原告建物の前面全体に建築されたものではないなど、原告建物の利用に配慮されているといえなくもない。そして、被告建物が建築されても、原告土地ないし原告建物からの眺望は、ある程度は残されている。また、被告らも、本件地域において建築協定が締結されるかどうか様子をうかがい、仮処分申請についての決定が出るまでは被告建物の建築工事の着工を見合せるなど、原告らをはじめとする近隣の住民に対する一定の配慮をしているということができることからすると、被告らにおいて、被告建物の建築によって原告らの眺望が害されることを認識していたとしても、それについて、被告らが原告を害する意図を有しているとはいうことができない。
以上のような事情を考慮すると、被告建物の建築により、原告建物ないし原告土地からの眺望は、従前に比べると大幅に妨げられることとなり、右眺望を二十数年の長きにわたって楽しんできた原告らが相当の心理的打撃を受けたことを察することはできるし、本件地域の状況、原告土地ないし原告建物と被告土地の位置関係、被告建物の建築計画からすると、被告らにおいても、被告建物の建築に際し、原告らが眺望を重視して本件地域に居住していることや、被告建物の建築によって、原告らが享受してきた眺望が害され得ることになることを認識することは可能であったと思われること、被告らは、自らは眺望を重視し、将来にわたって被告建物からの眺望を確保するために被告建物を三階建てにしておきながら、近隣者の眺望に対する配慮が必ずしも十分であったかどうか疑問が残るという被告らの身勝手と評価されかねない態度等を考慮しても、なお、被告らが被告建物を建築したことによって、原告らの眺望利益がその受忍限度を超えて侵害されたとまでは認められない。
三 以上によれば、被告らが被告建物を建築したことは、原告らに対する関係で違法であるということはできない。
第四 結論
以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官水上敏 裁判官藤田昌宏 裁判官齋藤充洋は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官水上敏)
別紙物件目録<省略>